社員ブログ
管理職になって生産性・生産量が上がらなかった時代
2020-02-25
こんにちは!亀治です!
先週末は暖かい日が続き、一気に花粉症の症状を感じるようになった方も多いのではないでしょうか
昼間の日差しの暖かさに、春が近づいているのを感じます
まだまだ朝晩は寒く昼との寒暖差があるので、皆さん風邪などにはくれぐれもお気をつけください
さて、本日は伸銅製造部長のエピソードをご紹介いたします!
私が管理職になって1、2年目は何となく気合い・根性で生産量・生産性は順調に推移していましたが、
その当時は次のこと考えたり、何か改善ネタを考えたりする余裕もなく、ただひたすら生産量を追っていた時期でした。
しかし3年目のある時期から生産量がなかなか目標に達成しなくなる日々が来ました。
時期を同じくして、K-JITと称して改善活動が始まり、現場での生産活動を中心に考えてきた私としては、
プラスアルファ改善活動が重荷になってきて、最終的には部下の士気が下がり、
生産量が上がらなくなってきたと、今考えるとそう思います。
生産量を上げるために何を行ってきたかというと、今の働き方改革に触れるような内容ばかりです。
その内容の一部は残業時間の延長、休日出勤は当たり前で、今考えると当時の部下たちには、
不甲斐ない管理職で大変悪いことをしたと思います。
しかしその当時の製造部長は改善のアイデアマンで、当時の改善が今も残っているのが多数あります。
一例をあげますと、電気口付機と酸洗いは全く別の工程と当時は考えられていましたが、
酸洗いのウォーキングを外してしまい、電気口付を終了した製品をそのまま酸洗いへ投入するということを行いました。
当時の私はその考えの意味が分からず、若干そんなのは無理、やっても一緒、時間のムダなどと考えていましたが、
言われるがままレイアウト変更を行っていました。しかし今考えると正しい改善の手法だと理解します。
結果今もそのレイアウトは残ったままになっております。今の伸銅部門のレイアウトの基礎を築いたといえば大げさになると思いますが、
それに近いものがあると考えます。
他にもドローベンチと切断機、大型ストレッチャーと切断機などです。当時は大変な思いをしましたが、
今考えると生産量で苦しんだ時期ではありますが、改善の改善手法・考え方・重量物の移動など
自分自身が成長できた一年であったと思いました。